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2017.9.20

争族(相続)の落し穴 -第2回 相続不動産(建物)使用の落し穴-

~相続に関する法制度と常識的な感覚,または,相続税法の取扱いとの相違等を中心とした相続に関する陥りがちな“誤り”に関する話題を中心としたコラムです~

弁護士  水谷 繁幸

第2回 相続不動産(建物)使用の落し穴
   
 本コラム第1回では,タワーマンション等を所有することにつき説明しましたが,今回は被相続人所有のマンションを(予定)相続人が使用すること等についてご説明します。

第1 相続開始前の使用
 相続税対策として購入したタワーマンション等を,さらに被相続人が住宅を援助するつもりで予定相続人に住まわせる事例も,少なからず見受けられます。
 もっとも,都心のタワーマンションともなれば賃料が非常に高額となることも少なくありません。そのため,遺産分割の際,他の相続人からすれば,死亡時までの賃料相当額を特別受益として勘案すべきだとの主張がなされることがあります。
 しかし,建物の使用貸借について,少なくとも調停段階(遺産分割について紛争になった場合審判(判決と同旨のもの)を得るには法律上調停を経る必要があります。)では,遺産の前渡しというという性格が定型的に薄い等の理由で,裁判所は特別受益による持ち戻しの対象とは一切しない(使用していた相続人の最終的な取り分を減らさない)との立場をとっています。
 当職個人的には非常に違和感があり,相続人間の公平を図るとの特別受益の制度趣旨に照らし,超高額物件の場合や営業用建物の場合等特殊な事情がある場合には特別受益の対象とするべきであるとは考えますが,上記のとおり調停においてこのような主張は通らないものと思われます。
 なお,上記取り扱いは家庭裁判所の調停実務ではありますが,裁判所において先例拘束性を有する判例が存在するものではないため,事後,事例により異なる判断がなされる可能性はあります。しかし,いかにせよ,相続財産を使用している相続人の立場では,現況,建物の被相続人の生前における無償使用にかかる賃料相当額が特別受益とされる(賃料相当額が最終的な取り分から差し引かれる)可能性は低いと考えてよいといえます。

第2 相続開始後の使用
 1 遺産分割確定前
 最高裁は,遺産である建物に被相続人の生前,相続人が同居していた事例について,被相続人と同相続人との間で被相続人の死後も遺産分割が確定するまでの間無償使用の合意がなされていたものと推認されるとして遺産分割までの賃料相当額の支払義務は負わないと判断しています(同第三小法廷平成8年12月17日判決)。
 よって,同様に無償使用の合意が推認されるような場合には,遺産分割確定までについては賃料支払い義務を負わないといえます。しかし,上記推認が覆されるような事情がある場合,例えば被相続人と相続人が生前対立状態にあったが過去から継続的な経緯にて相続人が単独にて使用していたような場合は,遺産分割確定前でも賃料相当額の支払い義務を負う可能性があります。

 2 遺産分割確定後
 遺産分割確定後は相続人が使用している場合でも,別の相続人が当該建物を相続すれば当然に賃料相当額の支払い義務を負います。
 ここで注意すべきことは,遺言によって該当建物の持分が別の相続人に承継させる旨記載されていれば,同不動産の所有権は相続開始と同時に移転しており,理論上,同時点以降,別の相続人が使用していれば賃料相当額の支払い義務が発生しているという点です。
 当職がご相談を受けた事案においても,被相続人の生前から相続人A氏が相続財産(建物)に単独で居住していたところ,遺言にて相続人B氏に同建物と敷地を含む相続財産をすべて承継させる遺言があり,A氏は遺留分減殺請求をしていましたが,その後協議が中断し数年を経過していたため,当職がA氏からご相談を受けた時点では,想定される賃料相当額が相当高額になっていたため,価額賠償(民法上認められる金銭の支払いによる精算)をB氏が選択すれば,相殺により取得が見込まれる金員は極めて少額となってしまうことがありました。
 
第3 以上のとおり,相続財産の建物使用にかかる法律関係は相続開始前後で大きく異なりますので,相続財産に帰属する建物に居住の相続人は十分注意を払う必要があります。

※関連法規は2017年9月時点による